漢方薬とは

 

 

1.漢方薬の起源

 漢方薬の起源は紀元前にさかのぼります。

 昔の人は、病気になったときには、効きそうなものをいろいろ食べたり飲んだりしたでしょう。その中には全く効果のないもの、かえって体に害をなしたものもありましたが、薬として使用に耐えうるものもたくさんみつかりました。

 そのままで用いたり、乾燥させたり水で煮たりする程度の加工をするだけで、薬として使える天然物が生薬です。

 

神農本草経
 これらを集めて本の形にしたのが「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」です。神農本草経には365種類の生薬が載っていますが、現在も用いられている生薬がたくさん載っています。

 

2.漢方薬の使い方(理論と実践)
 試行錯誤で薬を使っていたのが、経験を重ねることで、治療に関する知識体系ができあがってきました。
 治療に関する理論で、現存するもので最古のものは黄帝内経(こうていだいけい)」です。陰陽五経説(いんようごぎょうせつ)をもとにして、現在の漢方治療の考え方の原型となるものができあがりました。

傷寒論
 西暦200年頃、現在の中国の南部で「傷寒(しょうかん)」とよばれる、いまでいうチフスやインフルエンザの激しい流行が起こったようです。
 これで多数の死者を出したことで、当時の医師「張仲景(ちょうちゅうけい、張機)」が発奮し、傷寒の診断と治療法をまとめた「傷寒論(しょうかんろん)」という本を著しました。
 この「傷寒論」はあまりに素晴らしい内容でしたので、無数の漢方医によって読み継がれてきました。葛根湯(かっこんとう)、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、麻黄湯(まおうとう)、小柴胡湯(しょうさいことう)などの漢方薬は、すべてこの「傷寒論」が原典です。
 いずれも数種類の生薬を一定のレシピにしたがって混ぜ、煎じて作るものです。
 現在も傷寒論は、漢方医学の最高のテキストのひとつであり続けています。
 その後も、中国や日本で数多くの理論書・実践書が書かれています。

3.漢方薬の形
 漢方薬は、上述の通り草根木皮をおもな材料としています。

 ①煎じ薬(湯液)は古くからあるスタイルで、生薬を水で煮だして成分を抽出し、そのスープを飲むものです。
 ②散剤はあまりみかけませんが、生薬を薬研(やげん)という器械で粉にひいて、それを水などで飲む方法です。次の項にあげるエキス製剤も粉末状ですが、これは散剤ではありません。
 ③丸剤は、散剤のようにつくった生薬の粉末を、蜂蜜などで練り固め、小さな丸い形に仕上げたものです。携帯に便利でした。

 現在では、医療用では次にあげるエキス製剤がメインですが、煎じ薬も今なおよく用いられるスタイルです。

エキス製剤とは
 現在、漢方薬といえばだいたいこのエキス製剤を指します。
 煎じ薬は手間がかかり面倒で、携帯に不向きで、しかもまずい、など現代では不便なことが多いので、何とかこれらを乗り越えて漢方治療を安定したものにできないか、と先人たちは考えました。煎じる臭いで隣家、別室の家族から苦情が出るというのも、時々耳にする話です。

 そこで1945年頃、わが国で生まれたのがエキス製剤です。

 エキス製剤は、工場で煎じ薬をまずつくり、これから水分を飛ばし、粉末状~顆粒状に仕上げたものです。
 使いやすいと同時に、特に煎じ薬にみられるような出来・不出来のばらつきがほとんどなく、安定した治療が可能となりました。健康保険でも147種類が使えます。

 ただし健康保険内では、一定数以上は処方できないなど、細かい規定
があります。健康保険のルールは年々厳しくなっておりご希望に添えないことも少なくありませんので、ご了解ください。